子どもたちの目に見えない学びを、大人がどれだけ感じ取ることができるか。



今回の記事の締めくくりを、最初に言ってしまえば、完成された作品よりも、そのプロセスの方が大切だ、ということです。


よく授業終わりに、保護者の方が子どもたちが作った作品(または授業にやっていた制作物)を見て、


「これは何分で完成・・・・?」

「これをずっとやってたの・・・・?」

「えっ・・なにそれ・・・・?」


と子どもたちに聞くことがあります。もちろん言いたい気持ち、分かります。

軽い気持ちで聞いてるのも分かりますし、せっかくのアートスクールでクオリティーが明らかに低いのはちょっと・・・と考えるのも分かります。(完成させることや完成のクオリティーももちろん大切です。)


私たちも、自身の経験から、(大人から見て)クオリティーが高い作品をアシストすることはいくらでも可能ですが、それよりも子どもたちがどれだけ自分の作品で、

計画性を練れるか

難しいことでも果敢に立ち向かえるか

アイディアをいくつ出せるか

考え方に柔軟性があるか

を特に重視しています。なので、基本的に答えは教えず、ヒントを出すようにしています。


例えば、船を作るときに、帆をどうやって作るか、というのを質問された時は、まずどんな形の帆を考えているのか、聞かれたスタッフとすり合わせる為に、イメージスケッチを描いてもらったり、その作りたい帆を言葉で話してもらいます。だいたいはよく目にする帆のイメージですが、私たちはそこで「丸い帆も、作品を作るときだったら、あってもいいよね」というように帆の形が以前に見た形ではなくてもいいことを伝えます。


それを聞いた本人は、「だったら三角でもいいのか!」と思うかもしれませんし、「星の形だったら、もっとカッコよくなりそう!」など、イメージが広がります。そこから、ではどんな素材を使うのか、どのように接着するのかと考えいき、その子はトライアンドエラーを繰り返します。


その思考錯誤の中で、必要な素材・材料を選び、材料の加工や実験をし、切り、組み立て、貼り付け、直し、微調整し、(少しそれで遊び)、また改良し、友達に作品の解説をし、私たちにキラキラした目で作品のプレゼンをし、(作品で遊んでる内にボロボロになって壊れてしまったりして・・・)授業が終わります。もちろん、私たちから見ても、その作品がどのような作品なのか、紐解くのに難解な時もあります。しかし、発想(着想)から完成(または時間がきて終わりになった)までにどれだけ学んだかの方が、とても大切で、貴重な経験だと思います。


大人から見てどんなに簡単な作品でも、

大人から見てどんなに作業数が少ない作品でも、

作業量を「大人の尺で」計算せず、

子どもたちの目に見えない学びを、大人がどれだけ感じ取ることができるか。 それが子どもたちの行いを認め、許容し、大人が良いヒント(掛け声)を差し出せるようになったり、良い環境を整えることにつながったりすると思います。