人の引き出しを覗くな!・・・

最終更新: 2018年4月19日


情報は一種のツール

突然ですが、二万年前の人類と、現代の人類の脳の大きさは、どちらの方が大きいと思いますか?

実は、二万年前の人類の方が現代の脳より、15%大きいんです。


よく、宇宙人のイメージは未来の人類の頭が大きくなった姿だ!と言われることがありますが、実は少しずつ、脳は小さくなっているのです。


当時(二万年前)の人々は、食べる・寝るはもちろんのこと、生きることそのものに対して、常に考えていないと生活できませんでした。食べたい時には、まずは獲物を探す前に道具から作ります。寝る時はまずは寝床を作らないといけません。誰かと協力してものづくりはしますが、誰かが作ったものをそのまま利用することは少なかったのです。情報は一種のツール(道具)にしかならず、知恵を絞ってその情報を整理し発展させて生活していたに違いありません。



現代は「分からないこと」は「誰かに教えてもらう」というのが、あまりにも当たり前の世界

現代はワンクリックで体験していない事柄を即座に知識としてインプットできる高度情報化社会です。

分からないことがあれば、Googleに聞けばすぐに解決しますし、最近では自分の性格さえも(占いと認識しつつも)知りたい情報の1つとして存在しています。

もちろん、便利にもなりました。知識や情報を記録・共有し、いつでもどこでも学ぶことが容易にもなりましたし、生きやすく、困ることが少なくなり、体力や時間のコストが大幅に削減されたとも思います。


ただ、コンピュータやAIにできない人間独自の「五感を使って観察し、考えること」に関しては、それを行う機会が明らかに少なくなってきているのも事実です。


つまり「分からないこと」を直ぐに、「誰かに教えてもらう」というのがあまりにも当たり前になっています。



自ら観察し、まずは考えてみること

つまりタイトルの「他人の引き出しを覗くな!」。。とは過言かもしれませんが、他者の意見や知識を共有する前に、自ら観察し、まずは考えてみること、がとても大切だと思うのです。

プライベートでも社会全体でも、問題や課題は多種多様で、学校で学んだ答えがある問題より、答えがない問題の方が実際世の中には多いと思いませんか?


個人の悩みや問題、課題を最後に決定するのはいつでも自身です。他人の引き出しを利用すればするほど、答えがない問題に対面した時に自らの解を導き出すのが難しくなります。

生きていくことは、様々な問題の連続です。


問題に対立したら、まずはやってみて、観察して、考えてみる。スタジオパパパでも、子どもたちと接する時に大切にしていることの1つです。